2019年6月26日水曜日

トヨタ自動車社長・豊田章男の母校でバブソン大学スピーチ

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現代ビジネス 2019.06.26 リップシャッツ 信元夏代ブレイクスルー・スピーキング代表
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65476

トヨタ社長のスピーチは、なぜアメリカ人に「大絶賛」されたのか
ポイントは「ワンビッグメッセージ」



 トヨタ自動車の代表取締役社長・豊田章男氏が母校であるアメリカのバブソン大学にて行ったスピーチが話題を呼んでいる。
 5月18日の卒業式にゲストスピーカーとして登壇したものだ。
 何がアメリカ人の心をつかんだのか? 
 内容の紹介と共に、NYで自身の「ブレイクスルーメソッド」を利用したプロスピーカーとして活躍し、7月には『20字に削ぎ落せ ワンビッグメッセージで相手を動かす』という著書を出すリップシャッツ信元夏代さんに解説・分析してもらった。

■アメリカ人の若者も家族も拍手喝采

 退屈なスピーチやプレゼンを聞かされた経験となると、ほとんどの方が「ある」と答えるのではないでしょうか。
 よく日本人はスピーチが下手だといわれますが、残念ながら私が見聞きしてきた経験では、そういうケースが多々あります。
 しかしそれは決して日本人が口ベタだから、といった理由ではないのです。

 最近、私が見て感心したスピーチは、トヨタの代表取締役社長、豊田章男氏が米国バブソン大学卒業式で行った祝辞です。
 ビデオをご覧いただければわかりますが、どかん、どかんと笑いがあがり、アメリカ人の若者も家族たちも拍手喝采を贈っています。
 いったい文化の壁を越えて、これほど人々の心を掴むスピーチには、どんな秘密があるのでしょうか。
 では、豊田章男氏のスピーチ「さあ、自分だけのドーナツを見つけよう」をブレイクスルーメソッドに沿った形で分析していきましょう。

■印象は7秒で、おもしろさは30秒内で判断

 最初の挨拶のあと、豊田氏のスピーチ本体の冒頭は「大切なことだけ言います」から始まります。
 ズバッと最初から3秒ほどで、切りだしているわけです。
 そして「卒業後、仕事があるか不安を感じている皆さんもいるでしょう、皆さんの心配事をまずは解決しましょう」と卒業生にとってもっとも関心の高い就活問題にふれて、
 「みなさん全員にトヨタでの仕事をプレゼントします」
と、いきなり驚きの爆弾発言。
 とたんに「うわーッ」と卒業生たちがどよめきます。
 ここまでが、ちょうど30秒ほど。

 このオープニングの手法がまずうまい。
 一気に若者たちの心を引きつけています。
 スピーチでは「最初の7秒」で印象が決まるとされます。
 わずか7秒の間に口にすることで、第一印象が決まってしまうのです。
 そして話が始まったところで、聞いている側は「30秒」で話がおもしろいか、おもしろくないかを判断するのです。
 ほとんどの話は、プレゼンだろうが、セールスだろうが、30秒内という短い時間で判断されます。
 ブレイクスルーメソッドでは、これを「7秒—30秒ルール」と呼んでいます。
 それで考察すると、まさに豊田氏のオープニングは、この「7秒—30秒ルール」に当てはまるものなのです。

 そしてオープニングに「The Bang!」(バーン!)を入れることを提唱しています。
 「バーン!」とは英語で「じゃーん!」とか「ドカーン!」といった意味で、まず冒頭で聞き手の注意を掴むこと。
 芸人さんでも「つかみ」は何より大事ですね。
 豊田氏は「大切なことだけ言います」と切り出し、「つかみはオーケイ」な出だしとなっているのです。

■「コントラスト」で「ユーモア」を演出する達人!

  そして拍手喝采する聴衆にむかって、
 「まだ人事部からはOKをもらっていないのですが」
と落として、笑いを引き出します。
 「それはそうだよね」という笑いにつなげて、アイスブレイクの役割をしていて、これはかなりの上達者の技です!
 「これで就職活動に関する悩みは解決したと思いますので、もっと大事な話をしましょう」
と、シリアスな話に入るのだな、と思いきや……。
 「つまり今晩のパーティーでどれだけハジけるかです」
 予測していた答えや期待を大きく外すことで、笑いにつなげています。
 「さらに重要なのは、私もパーティーに参加できますか?」
と尋ねて、笑いをとったあとに、
 「ただし夜更かしはできません。
 明日は『ゲーム・オブ・スローンズ』の最終回だからです」
 さらなるユーモアを畳みかけて、聞き手の心をがっちり掴んでいます。
 相手は大学を卒業する若者たち。まさに『ゲーム・オブ・スローンズ』のファン世代であり、そしてパーティーではじけることばかり考えているのもお見通しであるわけです。
 ここからバブソン大時代に戻り、
 「私はバブソンでは、寮と教室と図書館を往復する、一言でいえばつまらない人間でした」
とマジメな学生時代を明かしつつ、
 「しかし卒業してニューヨークで働き始めると、夜の帝王になったのです」
 ここでもコントラストに聴衆は大爆笑。
 「つまらない人間になるのではなくて、楽しみましょう。
 人生で喜びをもたらすものを自分で見つけることが大切です」

■ユーモアとギャグはまったく別者

 いよいよ本題に入って、心に響くメッセージを伝えます。
 「私がバブソン生だった頃、自分で見出した喜びは……」
 と期待を盛りあげつつ、
 「ドーナツです。アメリカのドーナツがこれだけ喜びをもたらしてくれるとは」
と落として、ドッと笑いがわき起こります。
 聴衆が期待することとは外すことで、コントラストのユーモアを引き出す。
 これは上級者のテクニックです。

 ギャグとユーモアはどう違うのか、というと、ギャグは笑わせるだけが目的のもの。
 たとえば「専務といいながら、なにも専務」とか、あるいは流行言葉を入れるような類のことです。
 こうしたギャグでは、その後の本題に続かなくなってしまい、スピーチの場合は逆効果となってしまいます。
 スピーチにギャグを入れようとしないで下さい。
 一方ユーモアは、そのスピーチで伝えたいたったひとつの大事なメッセージ=「ワンビッグメッセージ」を印象付けるという目的が前提となっています。
 さらに言うとユーモアは、ストーリーの中に「組み込む」ものではなくて、ストーリーから「引き出す」もの。
 クスッと笑える箇所は、豊田氏が使っているコントラストのギャップのように必ずどこかに潜んでいるのであり、なにも面白いことを考えて、それを無理やりストーリーに上乗せするのではありません。
 欧米でスピーチが達者なリーダーたちが聴衆から笑いを引き出すユーモアと、ギャグの違いがおわかりいただけたでしょうか。

■聞き手視点で、グッと刺さる話に

 スピーチの冒頭に出すのが、就活、パーティー、配信動画サイトといったネタであるのも巧みです。
 頭からミレニアル世代にとって関心あることをズバッと突いているため、聴衆の心を一気に掴んでいるのです。
 これはまさしくブレイクスルーメソッドでいう「聞き手視点」です。
 聞き手が関心あること、興味あることを取りあげてこそ、相手に刺さるスピーチとなるのです。
 「聞き手視点」についての詳しい解説は、「視点を変えただけで3億円のビジネスを成功させた例」をお伝えしたこちらの記事をご参照下さい。

 そしてドーナツのネタふりから、
 「みなさんも自分だけのドーナツを見つけて下さい。
 皆さん全員が大きな成功を納めると思います」
と、卒業生たちに夢見させるようなシナリオを用意します。

 「でもその仕事を楽しめているでしょうか。
 皆さんのように才能がある人はある日目覚めて、自分が現状から抜け出せないよう、縛られていることに気づきます」
 ここでは反対に、脅すようなコントラストをつけて、聞き手の注意を引きます。
 「縛られている」というのに、Golden Handcuffs(金でできた手錠)という表現も言い得て妙ですね。
 「住宅ローンと、バブソンを卒業させる必要がある子供が3人」
 ここでまた笑いに落として、緊張感をほぐすコントラストを差しはさむのも、うまいものです。
 そこから大事なメッセージに導きます。
 「皆さんが心よりやりたいことは何か。
 今こそ、それを見つけ出す時です。
 若さの特権である時間と自由を使って、皆さんの幸せを見つけて下さい」

■自分だけのストーリーが、聞き手を掴む

 また魅力的なのは、自分だけのストーリーがあることです。
 「少年の頃、タクシードライバーになりたいと思っていました。
 夢は完璧には叶いませんでしたが、きわめて近いことをしています」
 タクシードライバーになりたかった少年時代。
 そして大学時代はドーナツが大好きだったというエピソード。
 どちらも身近な例で親近感がわくものです。
 「ドーナツより大好きなものがあるとしたら、それは車です」
と、ここで車愛を大きく打ち出します。

 スピーチ/プレゼンで何よりも大切なのは、ストーリーです。
 全米プロスピーカー協会の殿堂入りをしているパトリシア・フリップは、ストーリーが持つ力について次のように語っています。
 「人は、営業プレゼンには抵抗がある。
 しかし、巧みに語られた良いストーリーには誰も抵抗することができない。
 そして、下手に語られた壮大なストーリーよりも、たくみに語られた些細なストーリーの方が、はるかに記憶に残る」

スピーチだからといって、なにも大言壮語をふりかざして、むずかしい例を挙げる必要はないのです。むしろ身近なことでかまわないのです。

ここで語られるのはタクシーの運転手になりたかった少年が、バブソン大学でドーナツを食べながら勉強に打ちこみ、トヨタで働き、CEOになった時にリコール問題などで悩みつつも、52歳の時にはマスタードライバーの訓練に挑戦するという車愛に溢れた、彼だけのストーリーです。

ストーリー構成としても車好きの主人公が、困難にもぶつかりつつも、挑戦を恐れないCEOになるという構成で、聴衆が共感しやすいものです。

そしてそのどのシーンも身近に感じられる人物として、生き生きとしています。

■ワンビッグメッセージが明解

 なによりもすばらしいのは、スピーチで伝えたいたったひとつの大事なメッセージ=「ワンビッグメッセージ」がクリアであることです。

「Find your own donut(4字)」
日本語訳にすると、
「自分だけのドーナツを見つけよう(15字)」

 これは「喜びをもたらすものを自分で見つけよう」というメッセージを、イメージしやすく、身近な「ドーナツ」に喩えるということで強烈に焼き付けています。
 ワンビッグメッセージを焼き付けるための戦略的手法には、4つのAというのがあります。

Analogy(喩え)
Anecdote(ストーリー)
Acronym (略語。4つのAのような頭文字をとったりして覚えやすくすること), 
 Activity(何か聞き手に行動をさせることでメッセージを焼き付ける)

 この場合、ドーナツはAnalogy、すなわち喩えになります。

 そしてスピーチの前半では、「ドーナツ」でワンビッグメッセージを焼き付け、その後、「卒業後に成功している皆さんは、喜びをもたらす仕事に没頭できているだろうか」と、ワンビッグメッセージが一貫して伝えられています。
 クロージングも「ドーナツ」が再度登場して、印象深い締めくくりになっています。
 「では早送りして、皆さんが成功して、本当に大好きなことをしているとしましょう。CEOからCEOへのアドバイスをさせてください。
 しくじらないで。
 当たり前と思わないで。正しいことをやりましょう。
 歳をとっても新しいことに挑戦して下さい」
 ここでは卒業生たちに、すでに成功してCEOになっている未來の姿を想像させる夢見型シナリオを用意して、若者たちの志気を盛りあげます。
 「皆さんの時代が、美しいハーモニーと、大いなる成功と、たくさんのドーナツで満たされますように!」
 最後に「ドーナツ」で締めるところが、またうまい。

 「ドーナツ」という言葉が、ワンビッグメッセージを伝えるツールとして、あたかも横串で全部を刺して、つながっている感じに仕立てています。
 このスピーチを聞いた卒業生が、友達に話したとしましょう。

「トヨタの社長のスピーチが面白かったんだ」
「へえ、どんな?」
「自分だけのドーナツを見つけよう、というスピーチなんだよ」
「ドーナツ? どういう意味?」
「喜びをもたらすものってことだよ」
と他人にも説明できるほど、メッセージが明確であったはずです。

 他人に話したくなるほど、メッセージが明確であれば大成功。
 そしてその「ドーナツ」が意味するものは、卒業生たちの心にずっと残るのではないでしょうか。

■「えー」「あのー」がない、デリバリーのみごとさ

 こうした企業のトップともなればスピーチライターもついていることでしょうが、原稿も必ず自分で細かく手に入れているでしょうし、なにより構成に時間をかけているはずです。
 冒頭で豊田氏は、会場で泣いていた赤ちゃんがいたようで、
 「赤ちゃんたち、そして卒業生の皆さま」
と、とっさのアドリブを冒頭から入れています。
 なにか不測の事態が起こってもそれを自分のスピーチの一部にしてしまうこなれた感じは、さすがです。
 またデリバリー(話し方)も立派です。
 ぜひ気づいていただきたいのが、豊田氏が一度も「えー」とか「あー」といった言葉をはさまずに話していることです。
 こういう「えーっと」「えー、うー」といった余計な言葉を、英語ではfiller words(フィラーワード)と呼びます。
 このフィラーワードは、アメリカ人だろうが、日本人だろうが、どんな言語の人間だろうが関係なく、人前で話す時にはついつい出るものです。
 私が所属しているパブリックスピーチの団体「トースト・マスターズ」では、こうしたフィラーワードを数える係がいて、スピーチする時に数をカウントしていきます。
 それで初めてフィラーワードを口にしている自分に気づけるのです。

 また間の取り方も絶妙です。
 笑いや拍手が起きた時、それをたっぷり聴衆に味わわせるように間を取っています。
 こうした間の余裕があると、話し手はその場をコントロールしているように映りますよね。
 スピーチの天才といわれたクリントン元大統領やオバマ元大統領も、こうした間の取り方が抜群にうまかったのです。
 私自身はスピーチ大会のコンテストに挑む時には、録画をして、ダメなところを何度も練り直して、200回ほどデリバリーの練習をします。
 あきらかに豊田氏は、ご自分の話しているところをビデオに録画して、それを見て訂正するという訓練をされているはずです。
 きっとスピーキングのコーチにもついていらっしゃるのでしょう。
 トップの人間なのにそこまで努力するなんて! 
というよりも、そこまで努力されているからこそ、アメリカ人の若者という、自社の社員でもない聴衆、同じ年代でもなく、趣味も違うはずの相手を、これだけ共感させ、笑わせ、そして心を掴むことができているわけです。
 反対にいえば、日本では政治家といえども、自分のスピーチを録画して、話し方を練習しているとは思えない方が多いのは残念なかぎりです。
 もし豊田氏のように語れるトップが20人もいたら、日本のビジネスも大きく変わるのではないでしょうか。
 スピーチもプレゼンも本来、決して退屈なものではありません。
 聞き手に笑いや気づきを与えてくれる情報のエンターテイメントなのです。
 日本人は英語が下手だから、文化が違うから、アメリカ人の聴衆にウケないなんていえないことが、この豊田氏のスピーチでおわかりでしょう。
 スピーチ/プレゼンの秘訣さえ学べば、あなたも必ず聞き手を動かし、共感させることができるはずです。
 ぜひその力を手にいれてみて下さい。





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